2017年注目の社会人野球選手  OFFICE MORIOKA ドラフト2017

選手名生年所 属出身校利腕寸  評
投 手
東谷 優1991七十七銀行花咲徳栄高→中部学院大右右朝霞四小で軟式野球を始める。朝霞一中時代は浦和シニアでプレーした。中部学院大では3年夏に大学選手権に出場。4年秋にはMVPを獲得した。七十七銀行に入社して、2014年に都市対抗と日本選手権に出場。2015年は日本製紙石巻に補強されて都市対抗に出場した。
阿部翔太1992日本生命酒田南高→成美大右左大阪中泉尾小で軟式野球を始める。大正東中時代は大正シニアでプレーした。酒田南高時2年秋に捕手から投手に転向。成美大ではリーグ通算9勝。日本生命に入社し、3年目の2017年から活躍。
荒西祐大1992ホンダ熊本玉名工右右玉名玉水小で軟式野球を始める。天水中でも軟式でプレーした。玉名工では1年夏の県大会にも登板。2年春の県大会では対球磨工戦で18奪三振を記録。3年夏は県大会4回戦で敗退。ホンダ熊本に入社し、1年目から都市対抗に登板した
石田光宏1994東京ガス近江高→関西大右右柏原小で軟式野球を始める。柏原中時代も軟式でプレーした。近江高では2年春から公式戦に登板し、3年春からエース。関西大では1年春からリーグ戦に登板、2年春からはエースとして活躍。リーグ通算30勝。東京ガスに入社し、1年目からリリーフ投手として活躍。
井上和紀1993セガサミー帝京五高→福井工大左左福井工大では1年秋からエースで、大学選手権に4回出場。3年春にMVPを獲得し、ベストナイン4回。リーグ通算23勝5敗、防御率1.25。
大野亨輔1993三菱日立星稜高→専修大右左かほく七塚小で軟式野球を始める。星稜中時代も軟式でプレーした。専修大では4年春ベストナイン。リーグ通算8勝6敗、防御率2.38。三菱日立パワーシステムズ横浜に入社し、都市対抗にも出場。
緒方太地1996沖データ福岡工右右福岡舞松原小で軟式野球を始める。多々良中時代はボーイズリーグ福岡でプレーした。沖データコンピュータ教育学院に進学。
奥村政稔1992三菱日立中津商→九州国際大中退右右中津鶴居小で軟式野球を始め、中津緑ヶ丘中時代も軟式でプレー。中津商では2年秋の対由布高戦で8回参考記録ながらノーヒットノーランも記録。九州国際大では1年春からリーグ戦に登板、2年秋には5勝をマーク、リーグ通算9勝したが中退。三菱重工長崎に入社して1年目から活躍、2017年統合で三菱日立に移籍した。
小野和博1991富士重工業磯原高→桐蔭横浜大右右高萩東小4年で軟式野球を始め、高萩中時代も軟式でプレーした。磯原高では2年秋にエースとなるが、県大会2回戦が最高。桐蔭横浜大では2年春からリーグ戦に登板、3年春にエースとなり、秋には4勝をあげて優勝しMVPを獲得。神宮大会では先発投手として4連投、山口高志(関西大-阪急)以来40年振りの1大会3完封を記録して優勝した。4年春は5勝をあげた。リーグ通算13勝3敗、防御率2.24。富士重工業に入社し、都市対抗で久慈賞と若獅子賞を獲得
柏原史陽1993JX-ENEOS桐光学園高→同志社大右右守山立入が丘小3年で軟式野球を始めて内野手となり、横浜あざみの中では軟式でプレーした。桐光学園高では1年冬に投手に転向し、3年夏にはエースとなる。一般入試で同志社大理工学部に進学し、1年秋からリーグ戦に登板、リーグ通算13勝18敗、防御率1.89。JX-ENEOSに入社し、1年目から先発投手として活躍。
菊地翔太1991JR九州一関学院高右右水沢羽田小4年で野球を始める。東水沢中時代は軟式でプレーした。一関学院高では1年秋にエースとなり、2年春に選抜に出場。JR九州では1年目から活躍、日本選手権でも登板した
北出浩喜1993パナソニック小松商→愛知工大右右中海小3年で野球を始める。中海中時代は軟式でプレーした。小松商では1年秋にベンチ入り、2夏には金沢高を下して注目を集めた。3年春からエース。愛知工大では1年春からリーグ戦に登板。4年春にはエースとして2部リーグで優勝し、MVPにも選ばれたが、夏に肘を手術して秋は登板できなかった。愛知大学リーグ1部通算3勝8敗。パナソニックでは1年目から活躍。
斎藤英輔1991鷺宮製作所青森山田高→青山学院大右両福岡西花畑小1年で軟式野球を始める。福岡長丘中時代も軟式でプレーし、3年から投手に専念。青森山田高に野球留学し、2年夏に控え投手として甲子園に出場。秋にはエースとなるが、甲子園には出場できなかった。青山学院大では1年秋からリーグ戦に登板、3年秋には3勝をあげた。4年で主将となる。リーグ通算6勝10敗。プロ志望届を提出したが指名されず、鷺宮製作所に入社。
斎藤俊介1994JX-ENEOS成田高→立教大右右佐倉千代田小で軟式野球を始める。臼井南中時代は佐倉ボーイズでプレーした。成田高では2年夏に甲子園でベスト4。立教大ではリーグ通算11勝14敗、防御率2.45。JX-ENEOSでは1年目から三菱日立パワーシステムズに補強されて都市対抗に出場。
佐藤允彦1992JR西日本神辺高→MSH医療専門学校右右神辺高3年夏は県大会3回戦で敗退。MSH医療専門学校では1年目から公式戦に登板
佐々武司1995JR九州博多工右右福岡三筑小で軟式野球を始める。三筑中時代も軟式でプレーした。沖データコンピュータ教育学院で150kmを記録して、JR九州に入社。
佐原圭亮 伯和ビクトリーズ広陵高→吉備国際大右右福山精華中から広陵高に進学、1年下に有原航平(日本ハム)がいたため2年秋から控え投手としてベンチ入りしたが、3年夏には1年生の上原健太(明大)の加入でベンチ外に。吉備国際大では1年春からリーグ戦に出場、3年秋にエースとなる。4年夏には大学選手権に出場し、秋の対山口福祉文化大戦では7回参考記録ながらノーヒットノーランを記録した。伯和ビクトリーズでは1年目から活躍。
猿川拓朗1992日立製作所花巻東高→東海大右左盛岡北松園小3年でリトルリーグに入り、投手兼遊撃手。北松園中時代は盛岡北シニアで投手兼三塁手としてプレーし、3年夏に全国大会に出場。花巻東高では菊池雄星がいたため三塁手で4番を打ち、控え投手をつとめた。高校通算42本塁打。東海大では投手となり、2年春からリーグ戦に登板。3年春にエースなって5勝をあげ、MVPを獲得した。リーグ通算11勝。日立製作所に入社し、1年目は富士重工業に補強されて都市対抗に出場
猿渡真之1993大阪ガス飯塚高右右小竹南小で軟式野球を始め、小竹中時代も軟式でプレーした。飯塚高では2年春にはエースとして九州大会ベスト4に進む。大阪ガスでも1年目から登板。2年目からは主にリリーフで活躍。
新ヶ江一聡1993かずさマジック国学院栃木高→国学院大左左国学院栃木高3年夏は県大会準決勝で敗退。国学院大では、リーグ通算5勝5敗。
清水翔太1992日本生命麗沢瑞浪高→中京大左左恵那長島小で軟式野球を始める。麗沢大瑞浪中時代は岐阜東濃フレンドボーイズでプレーし、麗沢瑞浪高3年夏は県大会2回戦で敗退。中京大では4年秋に6勝をあげ、防御率0.68でMVPを獲得した。
鈴木康平1994日立製作所千葉明徳高→国際武道大右右初富小で軟式野球を始める。鎌ヶ谷五中時代は鎌ヶ谷リトルシニアで3番手投手としてプレーした。千葉明徳高では2年秋からエース。3年夏は県大会2回戦で敗退。国際武道大では1年秋からリーグ戦に登板、2年春からは先発投手として活躍、秋には5勝をあげた。リーグ通算11勝。プロ志望届を提出したが指名されず、日立製作所に入社。1年目に日本選手権で登板、2年目にはエースとなる。
鈴木博士1997ヤマハ磐田東高右右ヤマハでは2年目の2016年から活躍。
善 武士1996東 芝多良木高右右免田小3年で軟式野球を始め、以来投手。免田中でも軟式でプレーし、3年のとき県大会3位。多良木高では1年夏んらベンチ入りし、2年秋に県大会を制して九州大会に出場した。東芝に入社し、2年目の2016年から先発投手として活躍。
高橋史典1993SUBARU修徳高→立正大右右八潮大瀬小で軟式野球を始める。修徳中時代も軟式でプレーした。立正大では二部リーグ通算7勝4敗。
嶽野雄貴1993西濃運輸日進高→名古屋学院大右右みよし三吉小で軟式野球を始める。三好中時代も軟式でプレーした。日進高時代は3年連続して県大会初戦敗退。名古屋学院大では1年春から三部リーグで登板し、のち二部で活躍。
田嶋大樹1996JR東日本佐野日大高左左宝木小3年で軟式野球を始め、陽西中時代は鹿沼ボーイズで投手としてプレー、日本代表にも選ばれた。佐野日大高では1年夏からベンチ入りし、2年秋にエースとして県大会優勝。3年選抜の初戦対鎮西高戦では毎回の12奪三振で完封し、ベスト4まで進出。夏は県大会決勝で敗れた。JR東日本に入社し、1年目から公式戦に登板。
田中空良1997東邦ガス豊川高右左桑名伊曽島小で軟式野球を始める。桑名長島中時代は愛知西シニアでプレーし、全国大会で準優勝。豊川高では3年選抜でベスト4に進んだ。東邦ガスに入社し、2年目の2016年から活躍。
谷川昌希1992九州三菱自動車筑陽学園高→東京農大右右八女北山小で軟式野球を始める。筑南中時代はサンリーグの八女でプレーした。筑陽学園高では2年夏に県大会準優勝。東京農大では2部通算5勝。九州三菱自動車に入社して1年目から活躍。
角田皆斗 富士重工業栃木工→専修大右右間々田小1年で野球を始める。間々田中時代は捕手。栃木工で投手に転向し、1年夏からベンチ入り。秋に5番レフトとなり、2年夏は4番を打って控え投手もつとめた。秋からはエースとなるが、3年夏は県大会2回戦で右肩を亜脱臼。準々決勝の対大田原高戦では15奪三振を記録したものの、準決勝で敗れた。専修大では2部リーグで活躍した。富士重工業では1年目から都市対抗に出場。主にリリーフとして登板。
永野将司1993ホンダ日出暘谷高→九州国際大左左山香小で軟式野球を始める。山香中時代も軟式でプレーした。日出暘谷高では外野手兼控え投手。九州国際大では4年秋に左肱靭帯断裂で手術し1年間のリハビリを経て、2017年にホンダに入社。2年目には都市対抗でも登板。
西川大地1994日本新薬高知高→立命館大右右高知高では2010年の選抜に出場。立命館大では先発投手として活躍し、リーグ通算15勝9敗、防御率1.15。日本新薬でも1年目から先発投手として活躍。
西村天裕1993NTT東日本和歌山商→帝京大右右和歌山岡崎小で軟式野球を始める。和歌山東中時代は軟式で投手兼一塁手としてプレー。県和歌山商では2年秋にエースとして近畿大会に出場した。3年夏は4番を打った。帝京大では1年春からリーグ戦に登板し、2年春からエース。リーグ通算20勝、ベストナイン1回。プロ志望届を提出後、左膝十字靱帯を損傷したため指名されず、NTT東日本に入社。1年目の秋から活躍。
沼田優雅1992NTT東日本天理高→立正大左左摂津二中時代は生駒ベースボールクラブでプレーした。天理高では2年春から4季連続して甲子園に出場。立正大時代は東都大学2部で通算20勝19敗、防御率2.37をマーク。NTT東日本では1年目から活躍
狭間正行1991ホンダ熊本古賀竟成館高→九州共立大右左古賀青柳小で軟式野球を始め、青柳中時代は九州古賀ボーイズでプレーした。九州共立大では1年上に川満寛弥、同期に大瀬良大地がいたたため初登板は4年春で、リーグ通算0勝3敗。ホンダ熊本では1年目から都市対抗にも登板した。
板東湧梧1995JR東日本鳴門高右右鳴門板東小2年で軟式野球を始め、大麻中時代は軟式でプレーした。鳴門高では2年春夏の甲子園にベンチ入り、3年春夏はエースとして出場し、夏はベスト8。JR東日本では2年目の日本選手権に登板。
船本一樹1992JX-ENEOS桐蔭学園高→法政大右右川崎渡田小3年で軟式野球を始め遊撃手となる。臨港中時代は川崎ボーイズでプレーし、3年の時に県大会優勝。桐蔭学園高では2年秋からベンチ入りし、3年夏は県大会準優勝。法政大では1年春からリーグ戦に出場、3年春に初勝利。リーグ通算9勝4敗。
宝利 亮1992日本製紙石巻近大福山高→近畿大右右尾道栗原小で軟式野球を始める。栗原中時代も軟式でプレーした。日本製紙石巻では2年目から活躍。
本多裕哉1993三菱日立鹿島高→福岡大右左鹿島明倫小で軟式野球を始める。鹿島西部中時代も軟式でプレーした。2016年三菱重工長崎に入社、2017年は統合で三菱日立に移籍。
宮谷陽介1991東京ガス報徳学園高→筑波大左左西宮浜脇小で軟式野球を始める。浜脇中時代はヤングリーグでプレーした。報徳学園高では2年秋にエースとなり、3年選抜ではベスト4。夏は県大会5回戦で敗退。筑波大では1年春からリーグ戦に登板、3年春にエースとなり、4年春は4勝をあげて最優秀投手となる。リーグ通算18勝21敗、防御率1.28、ベストナイン1回。東京ガスでも1年目から公式戦に登板。
六信慎吾1991西濃運輸広島新庄高→法政大右右北広島大朝小で軟式野球を始め、大朝中時代も軟式でプレーした。広島新庄高では1年夏に内野手としてベンチ入りし、2年秋にエースとなり、県大会優勝。3年夏は県大会初戦で敗退した。法政大に進学、リーグ通算6試合に登板し、0勝0敗。西濃運輸では1年目から公式戦に登板している。
森脇亮介1992セガサミー塔南高→日大右右福知山遷喬小で軟式野球を始め、6年で投手となる。日新中時代も軟式でプレーした。塔南高では1年春からベンチ入りし、秋にはエースとなって初めて近畿大会に出場した。日大では2年秋からリーグ戦に登板。2部通算8勝6敗。セガサミーでは1年目から公式戦に登板し、2015年夏の都市対抗で活躍。
山田将司 三菱自動車岡崎岩津高右左大林小1年で軟式野球を始める。末野原中時代にアンダースローに転向した。岩津高では1年夏から公式戦に登板し、秋からはエース。三菱自動車岡崎でも1年目から登板。190cmの長身。
山本健太郎1993東海理化星城高右左豊田市木小で軟式野球を始める。豊田高橋中時代は豊田シニアでプレーした。東海理化では2年目から先発投手として活躍
山本大貴1995三菱自動車岡崎北星学園大付高左左札幌信濃小3年で野球を始め、札幌信濃中時代は江別リトルシニアでプレーし、全国大会にも出場。北星学園大付高3年夏は地区大会3回戦で札幌琴似工から延長12回15三振を奪いながら敗れた。プロ志望届を提出したが指名されず、三菱自動車岡崎に入社し、4年目の2017年から活躍。
横田 哲1992セガサミー飯能南高→上武大左右飯能加治小で軟式野球を始める。加治中時代も軟式でプレーした。飯能南高3年夏は県大会3回戦で敗退。上武大では4年春に最多勝とMVPを獲得、大学選手権でも優勝してMVPを獲得。秋にも最多勝を獲得した。セガサミーに入社として1年目から活躍、日本代表入り。ロッテが指名を検討。
吉田奈緒貴1993JR九州宮崎商右左新富上新田小で軟式野球を始める。上新田中時代は宮崎リトルシニアで全国大会に7回出場した。宮崎商では1年夏からエースとして登板、秋には九州大会に出場した。JR九州に入社し、2012年は都市対抗と日本選手権に出場、日本選手権ではベスト8に進んだ
若林篤志1994JR東海北海道栄高→関東学院大左左東札幌小で軟式野球を始め。東海大四中時代も軟式でプレーした。北海道栄高では2年春にベンチ入りし、秋からエース。関東学院大では1年秋からリーグ戦に登板。4年春には7勝をあげた。リーグ通算15勝。プロ志望届を提出したが指名されず、JR東海に入社、1年目から活躍。
渡辺啓太1993NTT東日本いわき光洋高→神奈川工大右右湯本三小で軟式野球を始める。湯本一中時代はいわきボーイズでプレーした。いわき光洋高では3年夏に県大会ベスト4。神奈川工大ではリーグ通算16勝16敗、防御率2.53。NTT東日本では1年目から先発投手として活躍。
捕 手
大城卓三1993NTT西日本東海大相模高→東海大右左那覇城西小で軟式野球を始める。首里中時代はヤングリーグのSOLA沖縄でプレーした。東海大相模高に野球留学して2年春に正捕手となり、4番を打つ。3年春夏連続して甲子園に出場、春は故障で7番だったが、夏は4番を打って準優勝した。東海大では2年春からリーグ戦に出場し、4年春には3番を打って首位打者とMVPを獲得した。ベストナイン3回。NTT西日本でも1年目から活躍している。
岸田行倫1996大阪ガス報徳学園高右右川西加茂小で軟式野球を始める。川西南中時代はヤングリーグ兵庫でプレーした。報徳学園高では内野手兼投手だったが、2年秋に捕手に転向。3年春の甲子園では捕手からリリーフ投手として登板、高校日本代表ではアジア選手権で一塁手として出場。大阪ガスでは1年目の秋から正捕手となる。
喜多亮太1996セガサミー敦賀気比高右右鶴浜小で軟式野球を始め、大正西中時代は大正シニアでプレー。敦賀気比高では1年春からベンチ入りし、秋にはレギュラーとなり、5番を打つ。2年秋には4番で主将もつとめ、3年選抜ではホームランを打った。プロ志望届を提出したが指名されず、セガサミーに入社。3年目の2016年にレギュラーとなる。
木南 了1992日本通運千葉経大付高→帝京大右右中野江古田小で軟式野球を始める。北中野中時代は東京和泉シニアでプレーした。
薗部優也1992JR東日本東北東北高→東日本国際大右右いわき高久小でいわき平リトルに入る。藤間中時代はいわきボーイズでプレーした。東北高では3年夏に捕手で4番を打って甲子園に出場。東日本国際大では2年春から正捕手とにり、4年春には打点王とMVPを獲得。ベストナイン5回。JR東日本東北でも1年目から正捕手として活躍している。
辻野雄大1993ホンダ波崎柳川高→白鷗大右左神栖太田小で軟式野球を始める。波崎三中時代も軟式でプレーした。ホンダに入社して1年目は外野手としてプレーしたが、2年目に正捕手となる。
西村 凌1996富士重工業青森山田高右右三雲小で軟式野球を始め、甲西中では野洲ボーイズでプレーした。青森山田高に野球留学し、1年からベンチ入り、秋にはレギュラー。2年秋からは3番を打って主将をつとめた。高校通算23本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、富士重工業に入社。
松本直樹1993西濃運輸丸亀高→立教大右右坂出金山小で軟式野球を始め、香川大坂出中でも軟式でプレーした。丸亀高では3年夏に県大会準優勝。立教大では控え捕手。
内野手
石井 元1993ホンダ鈴鹿履正社高→明大右右履正社高では2年夏と3年春に甲子園に出場。明大では3年秋にベストナイン。ホンダ鈴鹿では1年目から4番を打つ。
伊藤 匠1991西濃運輸海星高→岐阜経済大右右豊里中時代は鈴鹿ブルズでプレー。海星高では一塁手兼三塁手で4番を打ち、3年春に東海大会に出場したが、夏は県大会決勝で敗退。岐阜経済大では1年春からリーグ戦に出場、3年秋には打点王を獲得した。西濃運輸では1年目から三塁手のレギュラーとなる。
大城戸匠理1991ホンダ鈴鹿寒川高→法政大右左神戸春日台小で神戸リトルに入る。平野中時代はヤングリーグの神戸須磨クラブでプレーし、全国大会準優勝。寒川高では2年春に二塁手のレギュラーとなり、3年夏に3番を打って甲子園に出場した。法政大では2年春からリーグ戦に出場。3年春に一塁手のレギュラーとなり、4年春には打率.488で首位打者を獲得、大学日本代表に選ばれた。ホンダ鈴鹿でも1年目から二塁手として活躍。2年夏の2015年の都市対抗ではトヨタ自動車に補強されて3番打者として活躍した。
河合完治1992トヨタ自動車中京大中京高→法政大右左新城千郷小3年で野球を始め、遊撃手となる。千郷中時代は新城ベアーズでプレーし、日本代表にも選ばれて世界大会優勝。中京大中京高では1年春からベンチ入りし、秋から二塁手のレギュラー。2年春、3年春夏と甲子園に3回出場し、3年夏は全国制覇。高校通算39本塁打。法政大では1年春からリーグ戦に出場し、秋にはレギュラーとなってベストナインにも選ばれた。4年では主将をつとめ、大学日本代表にも選ばれた。ベストナイン2回。トヨタ自動車でも1年目から活躍。
北川利生1993日本通運大阪桐蔭高→創価大右右鴻池東小で東大阪リトルに入る。東大阪盾津中時代は東大阪リトルシニアでプレー。大阪桐蔭高では控え捕手として甲子園に出場した。創価大では2年春秋連続MVP、3年秋は打点王を獲得。プロ志望届を提出したが指名されず、日本通運に入社。1年目は外野手で4番を打ち、2年目に三塁手に転向。
北村祥治1994トヨタ自動車星稜高→亜細亜大右右金沢十一屋小1年で軟式野球を始める。星稜中でも軟式でプレーした。星稜高では1年春から遊撃手のレギュラーとなる。2年春には3番を打って県大会を制したが、甲子園には出場できなかった。亜細亜大では1年春から二塁手としてリーグ戦に出場。ベストナイン3回。プロ志望届を提出したが指名されず、トヨタ自動車に入社、三塁手で2番を打つ。
久保皓史1993三菱日立佐賀商→富士大右左小城牛津小で軟式野球を始める。牛津中時代は黄城ボーイズでプレーした。三菱日立では1年目から二塁手のレギュラーとなる。
田中俊太1993日立製作所東海大相模高→東海大右左厚木依知南小時代はボーイズリーグ相模原でプレー。依知中時代もボーイズリーグでプレー。東海大相模高では1年秋から二塁手のレギュラーとなり、2年選抜に出場。3年春には3番を打って甲子園で優勝した。東海大では2年春からリーグ戦に出場し、3年の時大学日本代表に選ばれる。プロ志望届を提出したが指名されず、日立製作所に入社。1年目に若獅子賞を獲得し、二塁手としてベストナインにも選ばれた。兄は田中広輔(広島)。
中山悠輝1995東京ガスPL学園高右右平田小2年で軟式野球を始める。平田中時代は投手兼捕手としてプレーした。PL学園高に野球留学し、1年夏にベンチ入り、秋には4番打って三塁手兼投手。2年秋に遊撃手に転向。3年は春夏ともに不祥事で出場辞退。東京ガスでは1年目の春から公式戦に出場している。
野中祐也1991日立製作所銚子商→国際武道大右左銚子商では2年夏に遊撃手のレギュラーとなり、3年夏は主将で1番を打ったが、県大会4回戦で敗退。国際武道大では2年秋に三塁手のレギュラーとなり、3年春には遊撃手となってMVPを獲得。ベストナイン3回。日立製作所でも1年目から遊撃手のレギュラーをつとめる。
長谷川拓真1992JR東日本東海大菅生高→国際武道大右左府中武蔵台小時代に軟式野球を始める。府中七中では調布シニアでプレーした。東海大菅生高では6番を打つ。国際武道大に進学し、2年から4番。4年春には首位打者とMVPを獲得し、夏には大学日本代表に選ばれた。ベストナイン1回。JR東日本では1年目から活躍。
藤岡裕大1993トヨタ自動車岡谷理大付高→亜細亜大右左岡山操明小で軟式野球を始める。操南中時代はヤングリーグ赤磐でプレーした。トヨタ自動車では1年目から活躍。
前野幹博1995ヤマハPL学園高右左猪名川小で軟式野球を始める。猪名川中時代も軟式でプレーした。PL学園高では1年の5月から出場、夏にはレフトで5番を打ち、府大会で2本塁打を記録。高校通算15本塁打。ヤマハでは1年目から公式戦に出場し、3年目の2016年にレギュラーとなる。
丸子達也1993JR東日本広陵高→早大左左呉仁方小でソフトボールを始める。仁方中時代はヤングリーグの呉でプレーした。広陵高では2年春夏連続して甲子園に出場。早大では右肘靭帯を手術、4年春に首位打者を獲得した。リーグ通算2本塁打、打率.306。JR東日本に入社し、2年目から4番を打つ。
山足達也1993ホンダ鈴鹿大坂桐蔭高→立命館大右右蹉跎西小で軟式野球を始める。蹉跎中時代はオール枚方ボーイズでプレー。大阪桐蔭高高では1年秋から外野手のレギュラーとなる。立命館大では1年春からリーグ戦に出場。3年春からショートのレギュラーとなり、3年・4年と大学日本代表。ベストナイン2回。リーグ通算.297.プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。1年目から1番打者として活躍。
若林晃弘1993JX-ENEOS桐蔭学園高→法政大右両中野桃園三小でボーイズリーグ世田谷に入る。中野九中時代は目黒西シニアで投手としてプレーした。桐蔭学園高では3年夏に遊撃手として県大会ベスト4。法政大では3年秋に外野手に転向。JX-ENEOSに入社して2年目に三塁手に転じた。
外野手
畦上 翔1993ホンダ鈴鹿日大三高→法政大右左両国小で軟式野球を始める。両国中時代はボーイズリーグでプレーした。日大三高では主将として甲子園優勝。法政大では1年春からリーグ戦に出場。4年では主将となり、秋にはベストナイン。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。
上西主起1991日本生命和歌山商→中部学院大右右和歌山四箇郷小で軟式野球を始める。紀之川中時代も軟式でプレーした。和歌山商3年夏は県大会準決勝敗退。中部学院大では3年春に盗塁王、4年秋は首位打者と本塁打王を獲得し、MVPに選ばれ、神宮大会でも2本塁打を記録。ベストナイン3回。日本生命に入社し、1年目から4番を打つ。
影山潤二1991JR東日本桐蔭学園高→中央大左左愛川半原小でボーイズリーグの相模原イーグルスに入る。愛川中時代は相模原ホワイトイーグルスでプレー。桐蔭学園高では2年秋に外野手のレギュラーとなり、3年夏は県大会決勝で敗退。中央大では1年春からリーグ戦に出場、2年春に9番打者として打率3位に入り、ベストナイン。リーグ通算3本塁打。JR東日本では1年目からセンターのレギュラーとなる。
神里和毅1994日本生命糸満高→中央大右左南風原翔南小4年で軟式野球を始め、南星中時代も軟式でプレー。糸満高では2年秋に外野手のレギュラーとなり、3年夏には1番打者として甲子園に出場。中央大では1年春からリーグ戦に出場。4年秋ベストナイン。リーグ通算.238。プロ志望届を提出したが指名されず、日本生命に入社。1年目から1番打者として活躍。
菅野剛士1993日立製作所東海大相模高→明大右左府中日新小で武蔵府中リトルに入る。府中八中時代も武蔵府中シニアでプレーした。東海大相模高では甲子園に3回出場し、3年春は優勝。明大では1年春からリーグ戦に出場。リーグ通算27二塁打は史上最多タイ。ベストナイン2回。リーグ通算6本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、日立製作所に入社。1年目から4番を打ち、若獅子賞を獲得。
蔵桝孝宏1993JR西日本広陵高→法政大右左広陵高では甲子園に2回出場。法政大ではリーグ通算3本塁打、打率.295。JR西日本では5番を打つ。
塩見泰隆1993JX-ENEOS武相高→帝京大右右相模原星が丘小で軟式野球を始める。相模原中央中時代は海老名シニアでプレーした。
鈴木 薫1994ホンダ文星芸大付高→国学院大右左筑西関城東小で軟式野球を始める。関城中時代も軟式でプレーした。
鈴木 光1993ヤマハ会津高→東北福祉大右左東北福祉大では4季連続盗塁を獲得、ベストナイン3回。3年秋はMVP。ヤマハでも1年目からレギュラーとなる。
豊住康太1994三菱自動車岡崎鹿児島実右左大崎小ではソフトボール選手。大崎中では軟式でプレー。鹿児島実では1年秋にライトのレギュラーとなり、2年夏と3年春に甲子園に出場した。3年夏は県大会準決勝で敗退。三菱自動車岡崎では1年目から出場、2年目には都市対抗に出場した。
中村優作 三菱自動車岡崎金沢高右左宇ノ気小で軟式野球を始め、宇ノ気中時代も軟式でプレー。金沢高では1年秋に外野手のレギュラーとなり、2年春夏連続甲子園に出場。三菱自動車岡崎でも1年目からレギュラーとなる。
藤岡裕大1993トヨタ自動車岡山理大付高→亜細亜大右左繰明小1年でソフトボールを始め、のち軟式野球に転向。操南中時代はヤングリーグ赤磐で遊撃手をつとめた。岡山理大付高では1年秋に三塁手のレギュラーとなる。3年夏は三塁手で5番を打つ傍ら、控え投手もつとめた。亜細亜大でも1年春から三塁手として出場。3年秋打率.380で首位打者を獲得、ベストナインに選ばれた。2年、4年と大学日本代表。プロ志望届を提出したが指名されず、トヨタ自動車に入社、外野手に転向して1番を打つ。
宮本秀明1996パナソニック秀岳館高右左八代高田小で軟式野球を始める。八代五中時代は熊本南シニアでプレーした。秀岳館高では春の九州大会に出場。パナソニックに入社し、3年目の2017年に内野手から外野手に転じてレギュラーとなる。
谷田成吾1993JX-ENEOS慶応高→慶大右左川口木曽呂小1年で川口リトルに入り遊撃手となる。川口北中1年夏には世界大会で準優勝。2年の時ひがし練馬シニアで全国大会ベスト4となる。慶応高では1年春から4番三塁手となり、2年秋から主将。甲子園には出場できなかったが、3年夏にはアジアAAA選手権日本代表に選ばれた。高校通算76本塁打。慶大では1年春からリーグ戦に出場、ホームランも放った。2年春からレギュラーとなり、3年春ベストナイン。リーグ通算15本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、JX-ENEOSに入社、1年目から4番を打つ。


作成:Hiroshi Morioka