2018年注目の社会人野球選手  OFFICE MORIOKA ドラフト2018

選手名生年所 属出身校利腕寸  評
投 手
阿部翔太1992日本生命酒田南高→成美大右左大阪中泉尾小で軟式野球を始める。大正東中時代は大正シニアでプレーした。酒田南高時2年秋に捕手から投手に転向。成美大ではリーグ通算9勝。日本生命に入社し、3年目の2017年から活躍。
荒西祐大1992ホンダ熊本玉名工右右玉名玉水小で軟式野球を始める。天水中でも軟式でプレーした。玉名工では1年夏の県大会にも登板。2年春の県大会では対球磨工戦で18奪三振を記録。3年夏は県大会4回戦で敗退。ホンダ熊本に入社し、1年目から都市対抗に登板した
石田光宏1994東京ガス近江高→関西大右右柏原小で軟式野球を始める。柏原中時代も軟式でプレーした。近江高では2年春から公式戦に登板し、3年春からエース。関西大では1年春からリーグ戦に登板、2年春からはエースとして活躍。リーグ通算30勝。東京ガスに入社し、1年目からリリーフ投手として活躍。
井上和紀1993セガサミー帝京五高
→福井工大
左左福井工大では1年秋からエースで、大学選手権に4回出場。3年春にMVPを獲得し、ベストナイン4回。リーグ通算23勝5敗、防御率1.25。
大野亨輔1993三菱日立星稜高→専修大右左かほく七塚小で軟式野球を始める。星稜中時代も軟式でプレーした。専修大では4年春ベストナイン。リーグ通算8勝6敗、防御率2.38。三菱日立パワーシステムズ横浜に入社し、都市対抗にも出場。
緒方太地1996沖データ福岡工右右福岡舞松原小で軟式野球を始める。多々良中時代はボーイズリーグ福岡でプレーした。沖データコンピュータ教育学院に進学。
岡野祐一郎1994東芝聖光学院高→青山学院大右右大街道小3年で軟式野球を始める。門脇中時代は石巻中央シニアでプレーし、控え投手として東北大会に出場。聖光学院高では1年秋に控え投手としてベンチ入り、2年秋にエースとなり、3年春夏連続して甲子園に出場。青山学院大では1年春からリーグ戦に出場。東芝でも1年目から先発投手として活躍。
奥村政稔1992三菱日立中津商→九州国際大中退右右中津鶴居小で軟式野球を始め、中津緑ヶ丘中時代も軟式でプレー。中津商では2年秋の対由布高戦で8回参考記録ながらノーヒットノーランも記録。九州国際大では1年春からリーグ戦に登板、2年秋には5勝をマーク、リーグ通算9勝したが中退。三菱重工長崎に入社して1年目から活躍、2017年統合で三菱日立に移籍した。
柏原史陽1993JX-ENEOS桐光学園高→同志社大右右守山立入が丘小3年で軟式野球を始めて内野手となり、横浜あざみの中では軟式でプレーした。桐光学園高では1年冬に三塁手から投手に転向し、3年夏にはエースとなる。一般入試で同志社大理工学部に進学し、1年秋からリーグ戦に登板、リーグ通算13勝18敗、防御率1.89。JX-ENEOSに入社し、1年目から先発投手として活躍。
北出浩喜1993パナソニック小松商→愛知工大右右中海小3年で野球を始める。中海中時代は軟式でプレーした。小松商では1年秋にベンチ入り、2夏には金沢高を下して注目を集めた。3年春からエース。愛知工大では1年春からリーグ戦に登板。4年春にはエースとして2部リーグで優勝し、MVPにも選ばれたが、夏に肘を手術して秋は登板できなかった。愛知大学リーグ1部通算3勝8敗。パナソニックでは1年目から活躍。
木村光彦1994東京ガス習志野高→日大右右日大では4年秋にMVPを獲得。リーグ通算6勝3敗、防御率2.96。
黒川雄太朗1994SUBARU館山総合高→星槎道都大右左館山総合高3年で捕手から投手に転向。星槎道都大では3年秋に4勝をあげてMVPを獲得した。リーグ通算8勝5敗、防御率1.87。
斎藤英輔1991鷺宮製作所青森山田高→青山学院大右両福岡西花畑小1年で軟式野球を始める。福岡長丘中時代も軟式でプレーし、3年から投手に専念。青森山田高に野球留学し、2年夏に控え投手として甲子園に出場。秋にはエースとなるが、甲子園には出場できなかった。青山学院大では1年秋からリーグ戦に登板、3年秋には3勝をあげた。4年で主将となる。リーグ通算6勝10敗。プロ志望届を提出したが指名されず、鷺宮製作所に入社。
斎藤友貴哉1995ホンダ山形中央高→桐蔭横浜大右左小田島小3年で野球を始める。東根二中では軟式でプレーした。山形中央高に進学して1年夏からベンチ入りしたが、3年夏は背番号11で横山雄哉(阪神)の控え投手。桐蔭横浜大では3年春からリーグ戦に登板、4年春には4勝をあげてMVPを獲得した。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダに入社済。
佐々武司1995JR九州博多工右右福岡三筑小で軟式野球を始める。三筑中時代も軟式でプレーした。沖データコンピュータ教育学院で150kmを記録して、JR九州に入社。
猿渡真之1993大阪ガス飯塚高右右小竹南小で軟式野球を始め、小竹中時代も軟式でプレーした。飯塚高では2年春にはエースとして九州大会ベスト4に進む。大阪ガスでも1年目から登板。2年目からは主にリリーフで活躍。
新ヶ江一聡1993かずさマジック国学院栃木高→国学院大左左国学院栃木高3年夏は県大会準決勝で敗退。国学院大では、リーグ通算5勝5敗。
清水翔太1992日本生命麗沢瑞浪高→中京大左左恵那長島小で軟式野球を始める。麗沢大瑞浪中時代は岐阜東濃フレンドボーイズでプレーし、麗沢瑞浪高3年夏は県大会2回戦で敗退。中京大では4年秋に6勝をあげ、防御率0.68でMVPを獲得した。
善 武士1996東 芝多良木高右右免田小3年で軟式野球を始め、以来投手。免田中でも軟式でプレーし、3年のとき県大会3位。多良木高では1年夏んらベンチ入りし、2年秋に県大会を制して九州大会に出場した。東芝に入社し、2年目の2016年から先発投手として活躍。
高橋史典1993SUBARU修徳高→立正大右右八潮大瀬小で軟式野球を始める。修徳中時代も軟式でプレーした。立正大では二部リーグ通算7勝4敗。
嶽野雄貴1993西濃運輸日進高→名古屋学院大右右みよし三吉小で軟式野球を始める。三好中時代も軟式でプレーした。日進高時代は3年連続して県大会初戦敗退。名古屋学院大では1年春から三部リーグで登板し、のち二部で活躍。
田中空良1997東邦ガス豊川高右左桑名伊曽島小で軟式野球を始める。桑名長島中時代は愛知西シニアでプレーし、全国大会で準優勝。豊川高では3年選抜でベスト4に進んだ。東邦ガスに入社し、2年目の2016年から活躍。
角田皆斗1993SUBARU栃木工→専修大右右間々田小1年で野球を始める。間々田中時代は捕手。栃木工で投手に転向し、1年夏からベンチ入り。秋に5番レフトとなり、2年夏は4番を打って控え投手もつとめた。秋からはエースとなるが、3年夏は県大会2回戦で右肩を亜脱臼。準々決勝の対大田原高戦では15奪三振を記録したものの、準決勝で敗れた。専修大では2部リーグで活躍した。SUBARUでは1年目から都市対抗に出場。主にリリーフとして登板。
生田目翼 日本通運水戸工→
流通経済大
右右村田小4年で日立大宮リトルに入り、投手兼捕手で4番を打った。大宮二中では軟式でエースで3番を打つ。水戸工では1年秋に遊撃手で4番、2年秋にはエースとなる。流通経済大では1年春からリーグ戦に登板、2年春からエース。3年春は6勝0敗で優勝、大学選手権でも準優勝した。秋に右肘、4年春には右肩を痛めて登板できず、4年秋に復活した。リーグ戦通算14勝。プロ志望届を提出したが指名されず、日本通運に入社。
西川大地1994日本新薬高知高→立命館大右右高知高では2010年の選抜に出場。立命館大では先発投手として活躍し、リーグ通算15勝9敗、防御率1.15。日本新薬でも1年目から先発投手として活躍。
板東湧梧1995JR東日本鳴門高右右鳴門板東小2年で軟式野球を始め、大麻中時代は軟式でプレーした。鳴門高では2年春夏の甲子園にベンチ入り、3年春夏はエースとして出場し、夏はベスト8。JR東日本では2年目の日本選手権に登板。
左沢 優1994JX-ENEOS横浜隼人高→横浜商大左左横浜商大では4年秋に6勝をマーク。リーグ通算17勝7敗、防御率2.07。
船本一樹1992JX-ENEOS桐蔭学園高→法政大右右川崎渡田小3年で軟式野球を始め遊撃手となる。臨港中時代は川崎ボーイズでプレーし、3年の時に県大会優勝。桐蔭学園高では2年秋からベンチ入りし、3年夏は県大会準優勝。法政大では1年春からリーグ戦に出場、3年春に初勝利。リーグ通算9勝4敗。
宝利 亮1992日本製紙石巻近大福山高→近畿大右右尾道栗原小で軟式野球を始める。栗原中時代も軟式でプレーした。近大福山高3年夏は初戦敗退。近畿大では1年春からリーグ戦に登板。リーグ通算6勝8敗。日本製紙石巻では2年目から活躍。
堀 誠1995NTT東日本日本航空高→立正大右左阿佐ヶ谷中時代は東京和泉リトルシニアでプレー。日本航空高では2年秋からエース。立正大では1年春からリーグ戦に登板、3年春から先発投手として活躍した。4年春には3勝をあげる。NTT東日本でも1年目の春から先発投手として活躍。
本多裕哉1993三菱日立鹿島高→福岡大右左鹿島明倫小で軟式野球を始める。鹿島西部中時代も軟式でプレーした。2016年三菱重工長崎に入社、2017年は統合で三菱日立に移籍。
森脇亮介1992セガサミー塔南高→日大右右福知山遷喬小で軟式野球を始め、6年で投手となる。日新中時代も軟式でプレーした。塔南高では1年春からベンチ入りし、秋にはエースとなって初めて近畿大会に出場した。日大では2年秋からリーグ戦に登板。2部通算8勝6敗。セガサミーでは1年目から公式戦に登板し、2015年夏の都市対抗で活躍。
山田将司1995三菱自動車岡崎岩津高右左大林小1年で軟式野球を始める。末野原中時代にアンダースローに転向した。岩津高では1年夏から公式戦に登板し、秋からはエース。三菱自動車岡崎でも1年目から登板。190cmの長身。
山本健太郎1993東海理化星城高右左豊田市木小で軟式野球を始める。豊田高橋中時代は豊田シニアでプレーした。東海理化では2年目から先発投手として活躍
横田 哲1992セガサミー飯能南高→上武大左右飯能加治小で軟式野球を始める。加治中時代も軟式でプレーした。飯能南高3年夏は県大会3回戦で敗退。上武大では4年春に最多勝とMVPを獲得、大学選手権でも優勝してMVPを獲得。秋にも最多勝を獲得した。セガサミーに入社として1年目から活躍、日本代表入り。ロッテが指名を検討。
吉川峻平1995パナソニック関大北陽高→関西大右右吹田佐竹台小で軟式野球を始める。高野台中時代は千里山ボーイズでプレーした。関大北陽高では2年秋に内野手から投手に転向、3年夏の府大会では26.1イニング連続無失点を記録した。関西大では4年夏に大学日本代表入り。パナソニックでも1年目から先発投手として活躍し、都市対抗では1回戦の三菱自動車岡崎戦で14奪三振を記録。
吉田奈緒貴1993JR九州宮崎商右左新富上新田小で軟式野球を始める。上新田中時代は宮崎リトルシニアで全国大会に7回出場した。宮崎商では1年夏からエースとして登板、秋には九州大会に出場した。JR九州に入社し、2012年は都市対抗と日本選手権に出場、日本選手権ではベスト8に進んだ
吉田雅貴1994新日鉄住金鹿島秋田中央高→函館大右左小4で野球を始める。秋田中央高では1年春からベンチ入り、2年夏は背番号10で県大会準優勝。秋にはエースとなって東北大会に進出したが、3年夏は県大会初戦で敗れて甲子園には出場できなかった。函館大でも1年春からリーグ戦に登板、秋にはノーヒットノーランも達成、5勝0敗、防御率0.00をマークした。4年秋の旭川大戦では151kmをマークした。プロ志望届を提出したが指名されず、新日鉄住金鹿島に入社。
若林篤志1994JR東海北海道栄高→関東学院大左左東札幌小で軟式野球を始め。東海大四中時代も軟式でプレーした。北海道栄高では2年春にベンチ入りし、秋からエース。関東学院大では1年秋からリーグ戦に登板。4年春には7勝をあげた。リーグ通算15勝。プロ志望届を提出したが指名されず、JR東海に入社、1年目から活躍。
捕 手
喜多亮太1996セガサミー敦賀気比高右右鶴浜小で軟式野球を始め、大正西中時代は大正シニアでプレー。敦賀気比高では1年春からベンチ入りし、秋にはレギュラーとなり、5番を打つ。2年秋には4番で主将もつとめ、3年選抜ではホームランを打った。プロ志望届を提出したが指名されず、セガサミーに入社。3年目の2016年にレギュラーとなる。
木南 了1992日本通運千葉経大付高→帝京大右右中野江古田小で軟式野球を始める。北中野中時代は東京和泉シニアでプレーした。
薗部優也1992JR東日本東北東北高→東日本国際大右右いわき高久小でいわき平リトルに入る。藤間中時代はいわきボーイズでプレーした。東北高では3年夏に捕手で4番を打って甲子園に出場。東日本国際大では2年春から正捕手とにり、4年春には打点王とMVPを獲得。ベストナイン5回。JR東日本東北でも1年目から正捕手として活躍している。
柘植世那1997ホンダ鈴鹿高崎健大
高崎高
右右矢中小1年で軟式野球を始め、矢中中時代は藤岡ボーイズで捕手で4番を打った。高崎健大高崎高では1年夏に控え捕手としてベンチ入り。秋にはレギュラーとなり、2年夏から3季連続して甲子園に出場。高校通算17本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。2年目からレギュラーとして活躍。
辻野雄大1993ホンダ波崎柳川高→白鷗大右左神栖太田小で軟式野球を始める。波崎三中時代も軟式でプレーした。ホンダに入社して1年目は外野手としてプレーしたが、2年目に正捕手となる。
内野手
石井 元1993ホンダ鈴鹿履正社高→明大右右履正社高では2年夏と3年春に甲子園に出場。明大では3年秋にベストナイン。ホンダ鈴鹿では1年目から4番を打つ。
北川利生1993日本通運大阪桐蔭高→創価大右右鴻池東小で東大阪リトルに入る。東大阪盾津中時代は東大阪リトルシニアでプレー。大阪桐蔭高では控え捕手として甲子園に出場した。創価大では2年春秋連続MVP、3年秋は打点王を獲得。プロ志望届を提出したが指名されず、日本通運に入社。1年目は外野手で4番を打ち、2年目に三塁手に転向。
久保皓史1993三菱日立佐賀商→富士大右左小城牛津小で軟式野球を始める。牛津中時代は黄城ボーイズでプレーした。三菱日立では1年目から二塁手のレギュラーとなる。
中山悠輝1995東京ガスPL学園高右右平田小2年で軟式野球を始める。平田中時代は投手兼捕手としてプレーした。PL学園高に野球留学し、1年夏にベンチ入り、秋には4番打って三塁手兼投手。2年秋に遊撃手に転向。3年は春夏ともに不祥事で出場辞退。東京ガスでは1年目の春から公式戦に出場している。
法兼 駿1994パナソニック高知高→亜細亜大右左飯山北小1年で軟式野球を始める。飯山中時代も軟式でプレーした。高知高では1年夏に二塁手で6番を打ち、秋からは三塁手、2年春からは4番を打つ。3年春に甲子園に出場。亜細亜大では1年春からリーグ戦に出場、椎間板ヘルニアの手術を経て、3年秋に二塁手として復帰、首位打者を獲得した。プロ志望届を提出したが指名されず、パナソニックに入社、1年目から3番を打つ。
長谷川拓真1992JR東日本東海大菅生高→国際武道大右左府中武蔵台小時代に軟式野球を始める。府中七中では調布シニアでプレーした。東海大菅生高では6番を打つ。国際武道大に進学し、2年から4番。4年春には首位打者とMVPを獲得し、夏には大学日本代表に選ばれた。ベストナイン1回。JR東日本では1年目から活躍。
前野幹博1995ヤマハPL学園高右左猪名川小で軟式野球を始める。猪名川中時代も軟式でプレーした。PL学園高では1年の5月から出場、夏にはレフトで5番を打ち、府大会で2本塁打を記録。高校通算15本塁打。ヤマハでは1年目から公式戦に出場し、3年目の2016年にレギュラーとなる。
松本桃太郎1994ホンダ鈴鹿北海高→仙台大右左岩見沢中央小3年で軟式野球を始める。岩見沢光陵中時代は札幌新琴似シニアで三塁手としてプレー、3年夏には全国大会準優勝。北海高では1年秋からベンチ入りし、2年春夏連続して甲子園に出場、夏は一塁手で3番を打った。秋からは三塁手で4番。仙台大では1年春からレギュラーとなり、秋には打率.477、3本塁打、17打点で三冠王を獲得、MVPに選ばれた。3年秋も首位打者を獲得。4年秋にはリーグ史上最多の通算120安打を達成、打率.500、4本塁打で首位打者と本塁打王を獲得して、MVPに選ばれた。ベストナイン4回。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社、3番を打つ。
丸子達也1993JR東日本広陵高→早大左左呉仁方小でソフトボールを始める。仁方中時代はヤングリーグの呉でプレーした。広陵高では2年春夏連続して甲子園に出場。早大では右肘靭帯を手術、4年春に首位打者を獲得した。リーグ通算2本塁打、打率.306。JR東日本に入社し、2年目から4番を打つ。
外野手
畦上 翔1993ホンダ鈴鹿日大三高→法政大右左両国小で軟式野球を始める。両国中時代はボーイズリーグでプレーした。日大三高では主将として甲子園優勝。法政大では1年春からリーグ戦に出場。4年では主将となり、秋にはベストナイン。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。
蔵桝孝宏1993JR西日本広陵高→法政大右左広陵高では甲子園に2回出場。法政大ではリーグ通算3本塁打、打率.295。JR西日本では5番を打つ。
笹川晃平1994東京ガス浦和学院高→東洋大右右古河諸川小で軟式野球を始める。三和北中時代は小山ボーイズでプレーし、関東大会優勝。浦和学院高では甲子園に3回出場、3年夏には2本塁打をマーク。東洋大では1年春から4番を打ち、4年秋には首位打者を獲得。東京ガスでも入社直後から4番を打つ。
鈴木 薫1994ホンダ文星芸大付高→国学院大右左筑西関城東小で軟式野球を始める。関城中時代も軟式でプレーした。
鈴木 光1993ヤマハ会津高→東北福祉大右左東北福祉大では4季連続盗塁を獲得、ベストナイン3回。3年秋はMVP。ヤマハでも1年目からレギュラーとなる。
豊住康太1994三菱自動車岡崎鹿児島実右左大崎小ではソフトボール選手。大崎中では軟式でプレー。鹿児島実では1年秋にライトのレギュラーとなり、2年夏と3年春に甲子園に出場した。3年夏は県大会準決勝で敗退。三菱自動車岡崎では1年目から出場、2年目には都市対抗に出場した。
中村優作 三菱自動車岡崎金沢高右左宇ノ気小で軟式野球を始め、宇ノ気中時代も軟式でプレー。金沢高では1年秋に外野手のレギュラーとなり、2年春夏連続甲子園に出場。三菱自動車岡崎でも1年目からレギュラーとなる。
浜元航輝1994日立製作所柳川高→神奈川大左左柳川高では2年からライトで1番を打つ。神奈川大では2年春からリーグ戦に出場し、1番を打ってレギュラーとなる。リーグ通算打率.279。プロ志望届を提出したが指名されず、常陸製作所に入社。1年目から1番打者として活躍。
谷田成吾1993JX-ENEOS慶応高→慶大右左川口木曽呂小1年で川口リトルに入り遊撃手となる。川口北中1年夏には世界大会で準優勝。2年の時ひがし練馬シニアで全国大会ベスト4となる。慶応高では1年春から4番三塁手となり、2年秋から主将。甲子園には出場できなかったが、3年夏にはアジアAAA選手権日本代表に選ばれた。高校通算76本塁打。慶大では1年春からリーグ戦に出場、ホームランも放った。2年春からレギュラーとなり、3年春ベストナイン。リーグ通算15本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、JX-ENEOSに入社、1年目から4番を打つ。
龍幸之介1994三菱日立九州国際大付高→白鷗大右左九州国際大付高では2年選抜に出場。白鴎大ではリーグ通算打率.282、6本塁打。三菱日立パワーシステムズに入社し、1年目から4番を打つ。


作成:Hiroshi Morioka