2019年注目の社会人野球選手  OFFICE MORIOKA ドラフト2019
選手名生年所 属出身校利腕寸  評
投 手
飯田晴海1995新日鉄住金鹿島常総学院高→東洋大右右茎崎小1年で軟式野球を始める。高崎中時代も軟式でプレーし、3年夏に全国大会で優勝。常総学院高では1年秋からベンチ入りし、2年夏の甲子園でも登板。秋にはエースとなり、3年では春夏連続して甲子園に出場、夏はベスト8。東洋大では1年春から2部リーグに登板。
石田光宏1994東京ガス近江高→関西大右右柏原小で軟式野球を始める。柏原中時代も軟式でプレーした。近江高では2年春から公式戦に登板し、3年春からエース。関西大では1年春からリーグ戦に登板、2年春からはエースとして活躍。リーグ通算30勝。東京ガスに入社し、1年目からリリーフ投手として活躍。
井上和紀1993セガサミー帝京五高
→福井工大
左左福井工大では1年秋からエースで、大学選手権に4回出場。3年春にMVPを獲得し、ベストナイン4回。リーグ通算23勝5敗、防御率1.25。
岩本喜照1995日本新薬常葉菊川高
→九州共立大
右右掛川城北小3年で軟式野球を始め、投手兼内野手となる。城北中時代は浜松南リトルシニアでプレーした。常葉菊川高では1年秋にエースとなり、2年春に東海大会に出場。3年夏は県大会準々決勝で敗退。九州共立大では1年春からリーグ戦に登板。リーグ戦通算16勝。プロ志望届を提出したが指名されず、日本新薬に入社。
臼井 浩1994東京ガス光明相模原高→中央学院大右左海老名杉久保小1年で軟式野球を始める。大谷中時代は綾瀬シニアでプレーした。光明相模原高ではエース。中央学院大では2年春からリーグ戦に登板し、4年夏大学選手権準優勝。秋にはMVPを獲得した。リーグ通算20勝10敗。東京ガスでは1年目から活躍。
邑楽雅貴1994日立製作所日大高→桜美林大右右横浜深谷小で軟式野球を始める。深谷中時代は横浜泉シニアでプレーした。桜美林大では先発投手として活躍、4年秋に3勝をあげた。日立製作所ではリリーフ投手をつとめる。
太田 龍1998JR東日本れいめい高右右盈進小1年で軟式野球を始め、6年のとき全日本学童軟式大会に出場。宮之城中時代も軟式で投手としてプレーした。れいめい高では1年5月のNHK杯からベンチ入り。秋にはライトで4番を打ったが、腰椎分離症で2年春は代打のみ。秋に背番号8で投手として復帰、3年春にエースとなる。夏の県大会2回戦対尚志館高戦では149kmを記録した。JR東日本に入社し、2年目から活躍。
大野亨輔1993三菱日立星稜高→専修大右左かほく七塚小で軟式野球を始める。星稜中時代も軟式でプレーした。専修大では4年春ベストナイン。リーグ通算8勝6敗、防御率2.38。三菱日立パワーシステムズ横浜に入社し、都市対抗にも出場。
緒方太地1996沖データ福岡工右右福岡舞松原小で軟式野球を始める。多々良中時代はボーイズリーグ福岡でプレーした。沖データコンピュータ教育学院に進学。
岡野祐一郎1994東芝聖光学院高→青山学院大右右石巻大街道小3年で軟式野球を始める。門脇中時代は石巻中央シニアでプレーし、控え投手として東北大会に出場。聖光学院高では1年秋に控え投手としてベンチ入り、2年秋にエースとなり、3年春夏連続して甲子園に出場、U-18日本代表にも選ばれる。青山学院大では1年春からリーグ戦に出場し、2年春からエース。リーグ通算3勝9敗。東芝でも1年目から先発投手として活躍。
小木田敦也1998TDK角館高右右角館小で軟式野球を始める。角館中時代も軟式でプレーした。角館高では1年夏に三塁手のレギュラーとして甲子園に出場。TDKに入社し、2年目の2018年に補強選手として都市対抗に出場した。
柏原史陽1993JX-ENEOS桐光学園高→同志社大右右守山立入が丘小3年で軟式野球を始めて内野手となり、横浜あざみの中でも軟式でプレーした。桐光学園高では1年冬に三塁手から投手に転向し、3年夏にはエースとなる。一般入試で同志社大理工学部に進学し、1年秋からリーグ戦に登板、リーグ通算13勝18敗、防御率1.89。JX-ENEOSに入社し、1年目から先発投手として活躍。
嘉陽宗一郎1995トヨタ自動車松山聖陵高→亜細亜大右右宮里小2年で軟式野球を始める。宮里中時代も軟式でプレーした。松山聖陵高では2年夏にエースとなり、秋には四国大会ベスト8。亜細亜大では1年春からリーグ戦に登板。リーグ通算10勝4敗。
河野竜生1998JFE西日本鳴門高左左鳴門林崎小で軟式野球を始める。鳴門二中時代も軟式でプレーした。鳴門高では1年夏から実質エースとなり、3年連続して夏の甲子園に出場した。JFE西日本では1年目から三菱重工広島に補強されて都市対抗に出場、2年目の2018年には日本選手権で準優勝し、敢闘賞を受賞した。上位指名候補。
川本祐輔1993JR東海尾道高→亜細亜大右右尾道高須小で軟式野球を始める。鷹西中時代は尾道シニアでプレーした。JR東海でサイドスローに転向した。
菊池大樹1993四国銀行八幡浜高→龍谷大右右八幡浜千丈小ではソフトボール選手。松柏中時代は軟式でプレーした。龍谷大ではリーグ通算8勝8敗。四国銀行では3年連続都市対抗に出場。
北出浩喜1993パナソニック小松商→愛知工大右右中海小3年で野球を始める。中海中時代は軟式でプレーした。小松商では1年秋にベンチ入り、2夏には金沢高を下して注目を集めた。3年春からエース。愛知工大では1年春からリーグ戦に登板。4年春にはエースとして2部リーグで優勝し、MVPにも選ばれたが、夏に肘を手術して秋は登板できなかった。愛知大学リーグ1部通算3勝8敗。パナソニックでは1年目から活躍。
木村光彦1994東京ガス習志野高→日大右右村上東中時代にKボールの全国大会に出場。習志野高では2年夏に背番号10の控え投手として甲子園に出場、リリーフで3試合に登板した。日大では1年春から2部リーグに登板。3年春にエースとなり、1部に昇格した。4年秋には5勝1敗をあげてMVPを獲得。リーグ通算6勝3敗、防御率2.96。東京ガスでも1年目から活躍。
黒川雄太朗1994SUBARU館山総合高→星槎道都大右左館山総合高3年で捕手から投手に転向。星槎道都大では3年秋に4勝をあげてMVPを獲得した。リーグ通算8勝5敗、防御率1.87。
小久保気1995西濃運輸鹿児島玉龍高→四国学院大右右鹿児島原良小で軟式野球を始める。鹿児島玉龍中時代も軟式でプレーした。四国学院大では1年秋からリーグ戦に登板。4年夏には大学選手権に出場し、東北福祉大を完封して注目を集めた。リーグ通算21勝10敗。プロ志望届を提出したが指名されず、西濃運輸に入社して1年目から都市対抗に出場。2年目の2019年もヤマハに補強されて出場した。
小又圭甫1995NTT東日本千葉英和高→国学院大右右犢橋小1年で軟式野球を始め、犢橋中時代は千葉北シニアでプレーした。千葉英和高では1年秋からベンチ入りし、2年秋からエース。国学院大では肱を手術したため、4年春に4試合登板したのみ。NTT東日本では1年目から活躍している。
佐々武司1995JR九州博多工右右福岡三筑小で軟式野球を始める。三筑中時代も軟式でプレーした。沖データコンピュータ教育学院で150kmを記録して、JR九州に入社。
猿渡真之1993大阪ガス飯塚高右右小竹南小で軟式野球を始め、小竹中時代も軟式でプレーした。飯塚高では2年春にはエースとして九州大会ベスト4に進む。大阪ガスでも1年目から登板。2年目からは主にリリーフで活躍。
新ヶ江一聡1993かずさマジック国学院栃木高→国学院大左左国学院栃木高3年夏は県大会準決勝で敗退。国学院大では、リーグ通算5勝5敗。
鈴木健矢1997JX-ENEOS木更津総合高右左袖ヶ浦長浦小で軟式野球を始め、長浦中時代も軟式でプレーした。木更津総合高でサイドスローに転向、2年秋からエースとなって、3年春に選抜に出場。JX-ENEOSでは2016年と2018年に三菱日立に補強されて都市対抗に出場。
善 武士1996東 芝多良木高右右免田小3年で軟式野球を始め、以来投手。免田中でも軟式でプレーし、3年のとき県大会3位。多良木高では1年夏んらベンチ入りし、2年秋に県大会を制して九州大会に出場した。東芝に入社し、2年目の2016年から先発投手として活躍。
高橋拓已1994日本生命前橋育英高→桐蔭横浜大左左沼田利根東小で軟式野球を始める。利根中時代も軟式でプレーした。前橋育英高では2年春に甲子園に出場。桐蔭横浜大ではリーグ通算21勝8敗。日本生命に入社。2018年は大阪ガスに補強されて都市対抗に出場、8月のアジア大会代表にも選ばれた。
高橋史典1993SUBARU修徳高→立正大右右八潮大瀬小で軟式野球を始める。修徳中時代も軟式でプレーした。立正大では二部リーグ通算7勝4敗。
滝中瞭太1994ホンダ鈴鹿高島高→龍谷大右右新旭北小3年で軟式野球を始める。湖西中時代も軟式で三塁手兼投手としてプレー。高島高では2年秋にエースとなる。龍谷大では右肱を手術し、2年春からリーグ戦に登板。リーグ通算16勝11敗。本田鈴鹿では1年目から活躍。
宅和健太郎1995NTT西日本松江商→大商大左左松江乃木小で軟式野球を始める。松江湖南中時代も軟式でプレーした。松江商では控え投手。大商大では2年春からリーグ戦に登板。二部リーグ通算7勝4敗。NTT西日本では2年目から活躍。
嶽野雄貴1993西濃運輸日進高→名古屋学院大右右みよし三吉小で軟式野球を始める。三好中時代も軟式でプレーした。日進高時代は3年連続して県大会初戦敗退。名古屋学院大では1年春から三部リーグで登板し、のち二部で活躍。
立野和明1998東海理化中部大一高右右楠西小1年で野球を始める。豊山中時代は東海ボーイズでプレーした。中部大一高時代は2年秋からエース。東海理化に入社して1年目から先発投手として登板。1年目はホンダ鈴鹿、2年目は東邦ガスに補強されて都市対抗に出場。
田中空良1997東邦ガス豊川高右左桑名伊曽島小で軟式野球を始める。桑名長島中時代は愛知西シニアでプレーし、全国大会で準優勝。豊川高では3年選抜でベスト4に進んだ。東邦ガスに入社し、2年目の2016年から活躍。
角田皆斗1993SUBARU栃木工→専修大右右間々田小1年で野球を始める。間々田中時代は捕手。栃木工で投手に転向し、1年夏からベンチ入り。秋に5番レフトとなり、2年夏は4番を打って控え投手もつとめた。秋からはエースとなるが、3年夏は県大会2回戦で右肩を亜脱臼。準々決勝の対大田原高戦では15奪三振を記録したものの、準決勝で敗れた。専修大では2部リーグで活躍した。SUBARUでは1年目から都市対抗に出場。主にリリーフとして登板。
中川一斗1995JFE西日本玉野光南高→天理大左左和気本荘小で軟式野球を始める。和気中時代にKボール岡山県選抜に選ばれる。玉野光南高では3年夏に甲子園に出場。天理大では4年夏に大学選手権に出場した。
西川大地1994日本新薬高知高→立命館大右右高知高では2010年の選抜に出場。立命館大では先発投手として活躍し、リーグ通算15勝9敗、防御率1.15。日本新薬でも1年目から先発投手として活躍。
西島隆成1994JX-ENEOS札幌第一高→筑波大左左小樽望洋台小ではスキー選手。望洋台中時代に軟式野球を始める。JX-ENEOSでは3年目に東芝に補強されて都市対抗に出場した。
西田光汰1998JR東日本大体大浪商高右右堺北八木小で軟式野球を始める。八下中時代は住吉ボーイズでプレーした。大体大浪商高では2年夏に府大会準優勝。プロ志望届を提出したが指名されず、JR東日本に入社。1年目の8月に遊離軟骨除去手術を受け、2年目から活躍。
温水賀一1994大阪ガス都城商→九州産大右右都城川東小で軟式野球を始める。祝吉中時代も軟式でプレーした。都城商では九州大会に出場。九州産大では3年で活躍したが、4年で故障。福岡6大学リーグ通算7勝4敗。
萩原僚麻1995NTT西日本柳川高→吉備国際大右右長丘小で軟式野球を始め、長丘中時代も軟式でプレーした。吉備国際大では1年春からリーグ戦に登板。2年春にはエースとなり、3年春には6勝をあげるなどリーグ通算24勝16敗。NTT西日本では1年目から都市対抗に出場。
浜口雄大1995JR四国高知農→岐阜経済大右左窪川小でソフトボール、窪川中で軟式野球を始める。高知農では1年春から正捕手となり、夏には捕手兼控え投手として3番を打つ。1年秋からはエース。岐阜経済大では2年秋からリーグ戦に登板し、リーグ通算4勝。4年では152kmをマークした。JR四国でも1年目からリリーフで登板。
浜屋将太1999三菱日立パワーシステムズ樟南高左左大崎小3年でソフトボールを始める。大崎中時代は鹿児島大隅ボーイズで投手兼外野手としてプレーした。樟南高では1年夏に背番号11でベンチ入り。2年秋にエースとなる。3年夏の県大会2回戦対鹿児島情報戦では17奪三振を記録し、甲子園にも出場。三菱日立パワーシステムズでは2年目から先発投手として活躍。
平尾奎太1994ホンダ鈴鹿大阪桐蔭高→同志社大左左泉佐野―小2年で軟式野球を始める。佐野中時代も軟式でプレーし、府大会ベスト4。大阪桐蔭高で2年春からベンチ入りしたが、藤浪晋太郎(阪神)の控え。3年夏も背番号11で、甲子園で春夏連覇したものの登板はなし。同志社大ではIgA腎症の闘病を経て、3年春からリーグ戦に登板。リーグ通算8勝4敗。本田鈴鹿では1年に都市対抗に出場。
堀田 晃1994西濃運輸松山商→大阪学院大右右宇和島遊子小2年で軟式野球を始め内野手となる。宇和海中でも軟式でプレーした。松山商では1年秋にエースとなる。大阪学院大では1年春からリーグ戦に登板。リーグ通算18勝。プロ志望届を提出したが指名されず、西濃運輸に入社。
堀 誠1995NTT東日本日本航空高→立正大右左杉並七小1年で軟式野球を始める。阿佐ヶ谷中時代は東京和泉リトルシニアでプレー。日本航空高では2年秋からエース。立正大では1年春からリーグ戦に登板、3年春から先発投手として活躍した。4年春には3勝をあげる。東都大学二部通算8勝5敗。NTT東日本でも1年目の春から先発投手として活躍。2018年アジア大会代表。
本田健一郎1996JFE東日本日大鶴ヶ丘高→武蔵大右右葛飾小1年で野球を始める。日大鶴ヶ丘高では2年春からベンチ入りし、3年春は都大会ベスト4。武蔵大では4年春に2部リーグのMVPを獲得し、1部に昇格。
本多裕哉1993三菱日立鹿島高→福岡大右左鹿島明倫小で軟式野球を始める。鹿島西部中時代も軟式でプレーした。福岡大ではリーグ通算12勝4敗。2016年三菱重工長崎に入社、2017年は統合で三菱日立に移籍。
本田洋平1994日本生命愛知高→愛知学院大右右春日井藤山台東小で軟式野球を始める。藤山台中時代はボーイズリーグ名古屋でプレーした。
宮川 哲1995東芝東海大山形高→上武大右右生駒南二小で野球を始める。生駒南中時代は生駒ボーイズでプレーした。東海大山形高では1年春に外野手兼投手としてベンチ入り。3年夏は背番号18ながら実質エースとなるが、県大会ベスト8。上武大で投手に専念。リーグ通算13勝0敗。4年春秋で9勝ほあげてベストナインを2回獲得し、プロ志望届を提出したが指名されず東芝に入社。上位指名候補。
山田将司1995三菱自動車岡崎岩津高右左大林小1年で軟式野球を始める。末野原中時代にアンダースローに転向した。岩津高では1年夏から公式戦に登板し、秋からはエース。三菱自動車岡崎でも1年目から登板。190cmの長身。
山本健太郎1993東海理化星城高右左豊田市木小で軟式野球を始める。豊田高橋中時代は豊田シニアでプレーした。東海理化では2年目から先発投手として活躍
横田 哲1992セガサミー飯能南高→上武大左右飯能加治小で軟式野球を始める。加治中時代も軟式でプレーした。飯能南高3年夏は県大会3回戦で敗退。上武大では4年春に最多勝とMVPを獲得、大学選手権でも優勝してMVPを獲得。秋にも最多勝を獲得した。セガサミーに入社として1年目から活躍、日本代表入り。
吉田奈緒貴1993JR九州宮崎商右左新富上新田小で軟式野球を始める。上新田中時代は宮崎リトルシニアで全国大会に7回出場した。宮崎商では1年夏からエースとして登板、秋には九州大会に出場した。JR九州に入社し、2012年は都市対抗と日本選手権に出場、日本選手権ではベスト8に進んだ
吉田雅貴1994新日鉄住金鹿島秋田中央高→函館大右左小4で野球を始める。秋田中央高では1年春からベンチ入り、2年夏は背番号10で県大会準優勝。秋にはエースとなって東北大会に進出したが、3年夏は県大会初戦で敗れて甲子園には出場できなかった。函館大でも1年春からリーグ戦に登板、秋にはノーヒットノーランも達成、5勝0敗、防御率0.00をマークした。4年秋の旭川大戦では151kmをマークした。プロ志望届を提出したが指名されず、新日鉄住金鹿島に入社。
若林篤志1994JR東海北海道栄高→関東学院大左左東札幌小で軟式野球を始め。東海大四中時代も軟式でプレーした。北海道栄高では2年春にベンチ入りし、秋からエース。関東学院大では1年秋からリーグ戦に登板。4年春には7勝をあげた。リーグ通算15勝。プロ志望届を提出したが指名されず、JR東海に入社、1年目から活躍。
選手名生年所 属出身校利腕寸  評
捕 手
猪又弘樹1993JX-ENEOS千葉経大付高→青山学院大右右草加瀬崎小で軟式野球を始める。瀬崎中時代は川口ボーイズでプレーした。
小畑尋規1996トヨタ自動車北照高→立正大右右札幌西宮の沢小で軟式野球を始める。札幌手稲中時代は札幌西シニアでプレーした。北照高では2年春、3年春夏と甲子園に3回出場。立正大では1年春から二部リーグに出場。
木南 了1992日本通運千葉経大付高→帝京大右右中野江古田小で軟式野球を始める。北中野中時代は東京和泉シニアでプレーした。千葉経済大付高では捕手で4番を打つ。帝京大でも2年春に正捕手となり、4年では主将。日本通運でも1年目から都市対抗と日本選手権に出場した。
小林 遼1995JX-ENEOS仙台育英高→富士大右右仙台育英高では馬場皐輔(仙台大)とバッテリーを組み、甲子園に3回出場。富士大では1年秋から正捕手としてリーグ戦に出場。2年秋ベストナイン。
柘植世那1997ホンダ鈴鹿高崎健大
高崎高
右右高崎矢中小1年で軟式野球を始め、矢中中時代は藤岡ボーイズで捕手で4番を打った。高崎健大高崎高では1年夏に控え捕手としてベンチ入り。秋にはレギュラーとなり、2年夏から3季連続して甲子園に出場。高校通算32本塁打。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。2年目からレギュラーとして活躍。
辻野雄大1993ホンダ波崎柳川高→白鷗大右左神栖太田小で軟式野球を始める。波崎三中時代も軟式でプレーした。ホンダに入社して1年目は外野手としてプレーしたが、2年目に正捕手となる。
保坂淳介1995NTT東日本佐野日大高→中央大右右宇都宮宝木小で軟式野球を始める。宮の原中時代は栃木ポニーでプレーした。佐野日大高では2年春から正捕手で、3年では4番を打つ。中央大では2年春からリーグ戦に出場。リーグ通算6本塁打。NTT東日本では2年目に正捕手となる。
渡辺和哉1994JR東日本文星芸大付高→専修大右右鹿沼さつきが丘小で軟式野球を始める。犬飼中時代も軟式でプレーした。文星芸大付高では関東大会に出場。
内野手
阿部健太郎1994NTT東日本帝京高→東洋大右左帝京高では2年夏に甲子園に出場。
石井 元1993ホンダ鈴鹿履正社高→明大右右履正社高では2年夏と3年春に甲子園に出場。明大では3年秋にベストナイン。ホンダ鈴鹿では1年目から4番を打つ。
伊藤ヴィットル1995日本生命本庄第一高→共栄大右左ブラジル出身。16歳で来日して本庄第一高に入学も遊撃手で3番を打つ。共栄大では1年春からリーグ戦に出場、秋には遊撃手のレギュラーとなる。3年春には盗塁王、4年春にはMVPを獲得した。また、WBCにブラジル代表として出場している。日本生命では1年目から遊撃手のレギュラーとして活躍。
石川裕也1994東京ガス東海大相模高→日大国際関係右左横浜瀬谷小で瀬谷リトルに入る。瀬谷中時代は瀬谷シニアでプレーした。東海大相模高では甲子園準優勝。東京ガスでは1年目からショートのレギュラーとなる。
稲垣誠也1995日本通運明豊高→中部学院大右左明豊高では1年夏に甲子園に出場。中部学院大では1年秋から活躍、4年春には本塁打王、秋には首位打者を獲得した。
遠藤康平1996SUBARU常葉菊川高→青山学院大右右大仁小で軟式野球を始める。大仁中時代は伊豆市シニアでプレーした。常葉菊川高では2013年春夏甲子園に出場。青山学院大では1年春から1番遊撃手としてリーグ戦に出場し、4年では3番か5番を打った。リーグ通算7本塁打。SUBARUでは1年目から遊撃手のレギュラー。
片山勢三1995パナソニック門司学園高→九州共立大右右貫小3年でソフトボールを始める。門司学園中では軟式でプレーした。門司学園高高では4番を打ち、3年夏の県大会で3本塁打を放って注目を集めた。九州共立大では1年春からリーグ戦に出場。パナソニックでも1年目から4番を打つ。
北川利生1993日本通運大阪桐蔭高→創価大右右鴻池東小で東大阪リトルに入る。東大阪盾津中時代は東大阪リトルシニアでプレー。大阪桐蔭高では控え捕手として甲子園に出場した。創価大では2年春秋連続MVP、3年秋は打点王を獲得。プロ志望届を提出したが指名されず、日本通運に入社。1年目は外野手で4番を打ち、2年目に三塁手に転向。
北村祥治1994トヨタ自動車星稜高→亜細亜大右右金沢十一屋小で軟式野球を始める。星稜中時代も軟式でプレーした。星稜高では甲子園ベスト4。亜細亜大では3年連続して大学日本代表に選ばれた。
小深田大翔1995大阪ガス神戸国際大付高→近畿大右左佐用利神小でソフトボールを始める。佐用中時代はヤングリーグ佐用でプレーした。近畿大では1年春からリーグ戦に出場し、秋には二塁手のレギュラーとなる。リーグ通算107安打。大阪ガスではショート兼三塁手。
小室湧未1994JR東日本横浜隼人高→神奈川大右右JR東日本では1番を打つ。
田村強1993JR西日本玉野高→大体大右右玉原小で軟式野球を始める。玉中時代は玉野シニアでプレーした。玉野高ではショートで4番を打つ。大体大では1年春から阪神リーグに出場し、2年春からはショートで4番。ベストナイン3回。JR西日本でも遊撃手で、2018年アジア大会では4本塁打を記録した。
中山悠輝1995東京ガスPL学園高右右平田小2年で軟式野球を始める。平田中時代は投手兼捕手としてプレーした。PL学園高に野球留学し、1年夏にベンチ入り、秋には4番打って三塁手兼投手。2年秋に遊撃手に転向。3年は春夏ともに不祥事で出場辞退。東京ガスでは1年目の春から公式戦に出場している。
法兼 駿1994パナソニック高知高→亜細亜大右左丸亀飯山北小1年で軟式野球を始める。飯山中時代も軟式でプレーした。高知高では1年夏に二塁手で6番を打ち、秋からは三塁手、2年春からは4番を打つ。3年春に甲子園に出場。亜細亜大では1年春からリーグ戦に出場、椎間板ヘルニアの手術を経て、3年秋に二塁手として復帰、首位打者を獲得した。プロ志望届を提出したが指名されず、パナソニックに入社、1年目から3番を打つ。
長谷川拓真1992JR東日本東海大菅生高→国際武道大右左府中武蔵台小時代に軟式野球を始める。府中七中では調布シニアでプレーした。東海大菅生高では6番を打つ。国際武道大に進学し、2年から4番。4年春には首位打者とMVPを獲得し、夏には大学日本代表に選ばれた。ベストナイン1回。JR東日本では1年目から活躍。
原沢健人1995SUBARU前橋工→東洋大右右吉岡中時代は軟式でプレー。前橋工では1年秋から一塁手のレギュラーとなる。高校通算17本塁打。東洋大でも1年春から一塁手として出場。
堀米潤平1993東 芝久慈東高→白鷗大右左宿戸小で軟式野球を始める。宿戸中時代も軟式でプレーした。久慈東高ではショートで1番を打つ傍ら、リリーフ投手もつとめた。白鷗大では1年春からリーグ戦に出場。3年春盗塁王、4年春首位打者を獲得、ベストナイン2回。東芝でも1年目から遊撃手のレギュラーとなる。2018年アジア大会代表。
前野幹博1995ヤマハPL学園高右左猪名川小で軟式野球を始める。猪名川中時代も軟式でプレーした。PL学園高では1年の5月から出場、夏にはレフトで5番を打ち、府大会で2本塁打を記録。高校通算15本塁打。ヤマハでは1年目から公式戦に出場し、3年目の2016年にレギュラーとなる。
丸子達也1993JR東日本広陵高→早大左左呉仁方小でソフトボールを始める。仁方中時代はヤングリーグの呉でプレーした。広陵高では2年春夏連続して甲子園に出場。早大では右肘靭帯を手術、4年春に首位打者を獲得した。リーグ通算2本塁打、打率.306。JR東日本に入社し、2年目から4番を打つ。
森下翔平1994日立製作所東海大相模高→東海大右右町田七国山小で町田リトルに入る。東海大相模中時代は青葉緑東シニアでプレーした。東海大相模高では選抜で優勝。東海大でも大学選手権で優勝し、大学日本代表にも選ばれる。2018年アジア大会代表。
諸見里匠1995日本通運沖縄尚学高→国学院大右右具志頭小ではボーイズリーグの具志頭でプレー。具志頭中時代は豊見城オーシャンボーイズでプレーした。沖縄尚学高では主将として春夏連続して甲子園に出場。国学院大では3年春から遊撃手のレギュラーとなる。プロ志望届を提出したが指名されず、日本通運に入社。
外野手
畦上 翔1993ホンダ鈴鹿日大三高→法政大右左両国小で軟式野球を始める。両国中時代はボーイズリーグでプレーした。日大三高では主将として甲子園優勝。法政大では1年春からリーグ戦に出場。4年では主将となり、秋にはベストナイン。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社。
久保田昌也1994日本新薬龍谷大平安高→国学院大右左梅津中時代は捕手。龍谷大平安高では一塁手で3番を打ち、2年夏と3年夏に甲子園に出場。高校通算25本塁打。国学院大では1年春から一塁手のレギュラーとなる。3年春からはライトで4番を打つ。ベストナイン2回。プロ志望届を提出したが指名されず、日本新薬に入社。
蔵桝孝宏1993JR西日本広陵高→法政大右左広陵高では甲子園に2回出場。法政大ではリーグ通算3本塁打、打率.295。JR西日本では5番を打つ。
笹川晃平1994東京ガス浦和学院高→東洋大右右古河諸川小2年で軟式野球を始める。三和北中時代は小山ボーイズでプレーし、関東大会優勝。浦和学院高では甲子園に3回出場、3年夏には2本塁打をマーク。東洋大では1年春から4番を打ち、4年秋には首位打者を獲得。東京ガスでも入社直後から4番を打つ。2018年アジア大会代表。
佐藤直樹1998JR西日本報徳学園高右右神戸中央小で軟式野球を始める。報徳学園中時代も軟式でプレーした。報徳学園高では3年春夏県大会準優勝。JR西日本に入社して、1年目からレギュラーとなる。
鈴木 薫1994ホンダ文星芸大付高→国学院大右左筑西関城東小で軟式野球を始める。関城中時代も軟式でプレーした。
鈴木 光1993ヤマハ会津高→東北福祉大右左東北福祉大では4季連続盗塁を獲得、ベストナイン3回。3年秋はMVP。ヤマハでも1年目からレギュラーとなる。
中沢彰太1994JFE東日本静岡高→早大右左小4で野球を始める。原中時代は富士ボーイズでプレーした。静岡高では1年夏からベンチ入り、秋には三塁手のレギュラーとなり、2年夏に3番を打って甲子園に出場。秋からは外野手に転向した。高校通算23本塁打。早大では1年春からセンターで1番を打って出場。3年以降は主に7番を打つ。リーグ通算4本塁打。JFE東日本でもセンターとしてプレー。
中村優作 三菱自動車岡崎金沢高右左宇ノ気小で軟式野球を始め、宇ノ気中時代も軟式でプレー。金沢高では1年秋に外野手のレギュラーとなり、2年春夏連続甲子園に出場。三菱自動車岡崎でも1年目からレギュラーとなる。
拝崎 諒1995JR東日本横浜高→関東学院大左左佐野犬伏小で軟式野球を始める。佐野北中時代は佐野ボーイズでプレーした。横浜高では2年春から3季連続して甲子園に出場。関東学院大では4番を打ち、首位打者を獲得。ベストナイン2回。JR東日本でも1年目から活躍。
浜元航輝1994日立製作所柳川高→神奈川大左左柳川高では2年からライトで1番を打つ。神奈川大では2年春からリーグ戦に出場し、1番を打ってレギュラーとなる。リーグ通算打率.279。プロ志望届を提出したが指名されず、常陸製作所に入社。1年目から1番打者として活躍。
松本桃太郎1994ホンダ鈴鹿北海高→仙台大右左岩見沢中央小3年で軟式野球を始める。岩見沢光陵中時代は札幌新琴似シニアで三塁手としてプレー、3年夏には全国大会準優勝。北海高では1年秋からベンチ入りし、2年春夏連続して甲子園に出場、夏は一塁手で3番を打った。秋からは三塁手で4番。仙台大では1年春からレギュラーとなり、秋には打率.477、3本塁打、17打点で三冠王を獲得、MVPに選ばれた。3年秋も首位打者を獲得。4年秋にはリーグ史上最多の通算120安打を達成、打率.500、4本塁打で首位打者と本塁打王を獲得して、MVPに選ばれた。ベストナイン4回。プロ志望届を提出したが指名されず、ホンダ鈴鹿に入社、外野で3番を打つ。
水本 弦1995東邦ガス大阪桐蔭高→亜細亜大両左小2で野球を始めて投手となる。野々市中時代は白山能美ボーイズでプレーした。大阪桐蔭高では2年秋からライトで3番を打ち、主将として3年春夏連覇。U18日本代表にも選ばれる。亜細亜大では1年春の開幕試合からレフトのレギュラーをつとめ、ベストナインに選ばれて大学日本代表。
皆川 仁1994日本生命学法石川高→立正大右左いわき植田小ではソフトボール選手。植田中時代は軟式でプレーした。学法石川高では1年秋からレフトのレギュラーとなる。立正大では1年秋から二部リーグに出場し、2年春に外野手のレギュラーとなる。4年春二部首位打者を獲得。日本生命では1年目から4番を打つ。
龍幸之介1994三菱日立九州国際大付高→白鷗大右左大宰府東小で野球を始める。大宰府東中時代は二日市ボーイズでプレーした。九州国際大付高では5番を打って、2年選抜に出場。白鴎大では1年春からリーグ戦に出場。リーグ通算打率.282、6本塁打。三菱日立パワーシステムズに入社し、1年目から4番を打つ。